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鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏 [つれづれの記]




  鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏

                        
 
平成22年3月19日(金)

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  • 鎌倉の鶴岡八幡宮の大銀杏が、大風で倒壊したのは10日未明のことであった。

    このところ「朝日新聞」の湘南版にも、数日おきにその関連記事が載っていたから、気にしていないことはなかった。だが、無惨な倒木となった大銀杏を見たいとも思わなかったし、最近では鎌倉まで徒歩で出かけるということも少なくなっていたので、その自信もなくなっていた。

    昨日、電気屋の用事を済ませた後で、引地川沿いを長久保公園に向かって歩いてみた。

    その時に、数人のカメラマンが川面をのぞき込んでいた。
    なにごとがあったのかと思って、私も一緒にのぞき込んだ。
    暖かい陽気に
    眠気をさそわれたのか、河原でガチョウとハクチョウが並んで熟睡しているのがみえた。

        P1100771.jpg

    最近では、このくらい歩くと歩数計をのぞいて、もしも10000万歩を越えているようなら、そろそろ家に帰ろうと思うのだが、今日はまだまだ歩けそうであった。

    もしかしたら、これは昼寝するガチョウとハクチョウの効用なのだろうかと思いながら、そのまま長久保公園を抜けて、さらに引地川沿いを下って河口まで出た。
    雨と大風のためだろうか、ゴミが海岸一帯を覆いつくし、それをブルトザーが大きな山に積み上げていた。

    少しもやっている江の島を右に見ながら、新江ノ島水族館から境川の河口に出た。今度は、その境川を遡って家路に着いた。よく歩いたと思ったので、何気なく歩数計を確かめてみると、なんと26000歩も歩いていたのであった。

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    昨日26000歩も歩いたことで、「もしかしたら、もう少し長距離を歩けるかも知れない」という自信が生まれたようだ。

    新聞を開くと今朝も、倒壊した鎌倉の大銀杏の根本部分が植え替えられて、その幹から新芽が生えることを祈願するという、神職の写真と記事が載っていた。

    もう迷うこともなく、鎌倉の八幡宮を目指していた。
    境川の水面に垂れ下がるソメイヨシノの数輪は、いまにも咲き出しそうに濃いピンク色をしていた。道路沿いを歩いて気づいたことだが、このあたりにはこんなにも辛夷の花が多かったのだということだった。

    無粋だから辛夷の花言葉は知らないが、手広を過ぎたあたりで、青空に突き抜けるように、雪でも降り積もったかのように咲く花の前で思わず立ち止まってしまった。

        P1100779.jpg

    常磐交差点から市役所通りに曲がり、3つの隧道をくぐると鎌倉駅が見える。ここまでにも、大きいのも小さいのも、そしてもう毀れはじめている辛夷もあった。
    「辛夷が咲くと、1週間ほどで桜が咲く」と聞いたことがある。

    もう春休みに入ったから、なんとなく子どもたちが多くなった。老人や外国人観光客も多くなっていた。

    私はいつもどおりのジャージ姿であったから、小町通りの人並みを避けて、裏通りから裏通りを抜けて、八幡宮にも正面を避けて、神社の左側参道から境内に入った。

    八幡宮の正面参道は、驚くほどの観光客で溢れていた。私は一直線に、倒壊した後で植え替えられてあるという大銀杏に近づいた。

    当然のことに、大銀杏の前はカメラを構える人たちでごった返していた。その人たちを掻き分けるようにして、ずうずうしく最前列まで出た時にまた驚いた。

    見慣れていたはずの大銀杏が、根本から4mぐらいの高さで切られて植え替えられていたのだったが、その大きさと堂々とした風格に驚いたのである。

    倒壊する前の八幡宮の石段左にあった時には、なんとなく地元にある遊行寺の大銀杏の方が大きいかも知れないなどと思っていた。

    ところが、いま目の前にある大銀杏は、根本の部分しかないのにもかかわらず、見るものを圧する迫力があった。
    古来から世界中で、樹木を神格化する風習があるが、この大銀杏にも人の営みを越えた大きな存在感を感じていた。

             P1100780.jpg

    青竹と御幣で区切られた神域に、倒壊した大銀杏の根っ子がのぞいていた。

    根っ子に近い幹の部分の植え替えと、挿し木と、根っ子からのひこばえを生えさせようとする、この3つが大銀杏を再生させる処置法だと聞いたが、日ごろ不信心の私も思わずその再生を祈っていた。

        P1100781.jpg

    それにしても大銀杏の存在感は凄い。
    写真ではこじんまりと納まっているが、この4mほどの幹の前に立つと、何度もいうが圧倒される。

    不思議だが、無惨とか、かわいそうだとかは考えないで、素直に堂々と立つのに威圧された。いや威圧されたと書いたのは間違いで、「800年以上も長く生きてきたという、その自信とやさしさが感じられた」と、まるで矛盾する2つの言葉がぶつかるようにして感じられたのである。
    いつもこんな場面に出くわすと、自分の稚拙で表現力のなさをかなしく思うのである。

    大銀杏だけを見終わると、裏参道から道路に出て、巨福呂坂切通しの坂を上りはじめた。

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    建長寺前を下り、横須賀線の踏切が見えたあたりで、外国人をふくむ10人ほどの観光客が、カメラを構えたり、指をさしたりしながらお喋りをしているのがみえた。

    その観光客の指さす方向をみると、青空とみどりの山を背にした辛夷が、今を盛りにと咲き誇っていた。
    こうなるともう、すでに数枚の辛夷の花を撮ってきた私も、思わずバッグからカメラを取り出して、1枚撮らざるを得なくなった。

             P1100782.jpg

    横須賀線の長い電車が、踏切に音を残して通り過ぎてゆく。

    大船まで歩こうか、それとも藤沢まで歩いてみようかと迷った。
    時計を見ると、すでに3時30分である。
    とっさにいろいろと計算してみた。

    そして北鎌倉から電車に乗らないと、妻が用意している夕食の時間までには帰れないと結論した。

    だから横須賀線の踏切を渡らずに、道を右にとって円覚寺道に入った。
    数百メートル向こうに、北鎌倉駅の見えるあたりの民家の庭に、これも毀れるように咲く木蓮があった。

        P1100783.jpg       


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