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そうだ京都に行こう 【4】  [そうだ京都に行こう]

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  そうだ京都に行こう
 
              
                    
 (その4 ホテル編)

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  •  遠くの方で電話が鳴っています。

     ようやく私の携帯電話だと気づいたときには、もう鳴り止んでいました。暑い中を歩いて疲れ、イライラして昼間からお酒を飲んだものですから、正体もなく眠りこけていたのでしょう。
     しかし、目覚めた後のすっきり感はなく身体中がだるいのです。

     やがてホテルにいるのだと気づいて、もしかすると今の電話は、弟からの電話ではなかったかと思い着信記録を確かめてみます。
     それは旅行前に会った弟から、「2日は新大阪で会議があるので、夕方には京都に行けます。久しぶりに3人で夕食でもしましょう」と誘われていたことを思い出したからです。

     慌てて時計を見ますと、もう午後7時を過ぎています。そして、ああよかったとホッとしたのです。

     なぜホッとしたのかと言いますと、前にも書きましたように今回私が京都に来た目的の一つには、京都在住の2人と逢って食事をすることにありました。
     しかし、娘と「京都裏町そぞろ歩き」をしていた時に、「これから先娘との旅行なんて、もうあまりないかも知れない。そうだ今夜は娘と食事をしょう」と考えが変わってしまったのです。

     そこで京都在住のお二人には何とかお許しをいただいて、食事を次回に延期してもらったのです。
     ところが弟には、今の今まで明確な返事をしていなかったのです。でも午後7時を過ぎたということは、その弟に、何か仕事の上での都合ができたか、それとも彼も私たちとの食事会のことなんか忘れてしまったのだろうと考えてホッとしたのです。

     もしも食事会をお断りすることができず、「3人プラス娘と私」が一堂に会することになったとしたらどうなっていたことでしょう。
     「まあいいか、仕方がないから全員まとめての『合併大食事会』にしようと、できもしないことを想像して苦笑いをするのでした。

     どうも最近優柔不断の傾向が顕著となりまして、起こった問題に対処もできずに先送りにし、結論も出せずに次々と溜め込んでしまうのです。
     ですから今回のように、その日になって二進も三進もゆかなくなるのです。

     そのときまた電話が鳴りました。「お父さんもう目が覚めた。もうすぐホテルに戻るから、食事に出ない」と言うのです。

     あまりの疲れでベッドに倒れ込み、汗をかいたまま寝てしまったので、娘が戻るまでにシャワーを使うことにしました。
     ここは「ホテルモントレ京都」といいまして、まだ新しいホテルです。何ですかスコットランドの古都のエジンバラをテーマとしたデザインとかで、建物や装飾もシックなホテルなのです。

     ロビーにも名画や美術品がさりげなく置かれ、間接照明が黒を基調とした装飾や壁に合っているのです。エレベーターや室内装飾にも凝っていて、娘も満足しているようでした。

     エレベーターホールからは、キーなしでは客室に入ることができないシステムとなっていますので、娘からまた携帯電話が入りました。

     「半ズボンでもいいか」と娘に聞いてみます。仕方がないなぁーという表情で、「いいんじゃない」と答えます。
     ロビーに下りて、ホテルのレストランをのぞいて「ここでもいいよ」と言ってみます。すると「ここは高い割には美味しくないよ」と言って、さっさと外に向かいます。
     あれまた何か魂胆がありそうだぞと思いながら、私も娘についてホテルを出ます。

     烏丸通りを手ごろな店はないかと、南に歩き北に歩いて物色します。そして「私京都らしいおばんざいの店で飲みたい」と言うのです。また娘の敷いたレールに乗せられそうになります。
     「そんなところに行きたくないよ」と言いますと、やはり駄目かという表情をして、少し歩いて烏丸通りにあるモダンなビルの地下の入口に立ち止まりました。

     これも既に下見をした上での案内かと感じながらも、今度は私が黙って先になって広い螺旋の階段を下りたのです。
     元気のよい女子店員に案内されて入ると、関東にもよくある設えの店で、すでに多くの客が食事をしながら楽しそうに飲んでいます。

     客の多い割には静かな店で、中年の男性2人と若いカップルの間に腰掛けることができました。久しぶりに京都に来たのだから、静かな座敷でゆったりと食事をしたいと思っていましたが、どうも若い人には古風な料理屋よりもこの種の店の方がよいらしい。

     生ビールが日本酒に変わり、焼酎になるころには酔いが心地よくまわってきました。それにつれて疲れやだるさが消えてゆくようでした。
     娘は、「お父さんこれも食べてみる」と言いながら、私一人だったら絶対に注文なんかしないだろうというような、珍しいけれどもこれは一体なんだといぶかるような料理を次々に注文するのです。
     しかし驚いたことは、それなりに美味しいのです。

     汗をかいて疲れたためか、「酸っぱいものがほしい」と何気なく言うと、店員を呼んでレモンを2個注文し、絞り器のレモン汁をコップに入れて私の前に置く。
     その手際のよさと自然なしぐさを見ていましたが、こんな配慮をいつからできるようになったんだろうと娘の顔を盗み見します。
     その私の目に気づいていたのだと思いますが、それを無視して、はじめて彼女の人生をこもごも語るのです。その話を聞きながら、「もう私のお説教なんて不要になったかな・・・」と一抹の淋しさを感じていました。

     お酒のご利益はたいしたものです。先ほどまでの食欲不振はどこかに消し飛んで、日ごろの大食漢ぶりが復活してきました。出てくるもの出てくるものを片っ端から平らげてゆく豪快さを、どうも左右のお客さんが気づいたようです。
     さきほどからチラチラと見られているような視線を感ずるのです。だが、そんなことを気にするようでは「大喰らいの名が廃る」と、またメニューを覗き込むのです。

     いつ帰り、そしていつ寝たか、朝目が覚めたときには記憶がないのです。それは怖いことですが本人としては、その時はしっかりしているんだと自信を持っているのですからなおさら怖いのです。
     時計を見ると午前4時です。さすがの娘も疲れたのかグッスリと寝ているようです。

     そこで朝のはやい老人は、そっと起き出してテレビのスイッチを入れ、音声を消して画面だけにします。そのテレビを見ながらまたウトウトしています。
     やがて8時が過ぎるころになりますと、今度は娘が起き出して活動を開始します。

     その様子を見るともなく見ていると、皺を伸ばして洋服をたたみ、旅行バッグにきちんと詰めるやり方も、散らかった部屋を掃除し、それが終わるとベッドメーキング、シャワーを済ませて歯磨となる。その順序までが母親とそっくりなのです。

     「お父さんそろそろ起きてよ」の言葉も、母親と同じだと思いながらベッドから抜け出します。するとすぐに私のベッドをなおし、寝巻きをたたんでベッドの上に斜めに置く、その手順までが母親のままなのです。

     それを見て思わず私は携帯電話を取り上げ、自宅電話のボタンを押していました。本当はいま見た娘の行動を妻に報告したいのですが、口から出た言葉は飼い犬のチワワのことを聞いているのです。
     
     窓の外では、夕べ街路樹でやかましく鳴きわめいた椋鳥はもういない。代わりに車が走り通勤の人々が道いっぱいになって駅に向かいます。

     9時30分、ロビーに下りて精算を済ませました。立ち去ろうとする私に、「お客様、お預かり物が届いております」との声が追いかけてきました。
     いぶかしく思ってカウウンターに戻りますと、「昨夜の8時30分ごろ○○さんがお見えになりまして、このお品物をお預かりいたしました」と名刺と紙袋を渡されました。

     後で電話しますと、「昨日電話をいただいた後で宇治で会議がありました。その帰りに名物の宇治の茶ダンゴと抹茶ケーキを買ったものですから」という。
     私は、「その時間は娘と地下の店で飲んでいましたので、電話が通じなかったでしょうね」とお詫びして、「次回は必ず一人で来ますから、その時はゆっくり話しましょう」と約束したのです。

     「朝ご飯はホテルでしょうか」と聞きます。
     娘は、「外で食べましょう」とまた先に立って出口に向かうのです。


 


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