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西行と藤沢  [つれづれの記]



  西行と藤沢 
 -法師のまぼろしをみたー

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  •  同好の仲間数人と「江の島道(遊行寺門前から江の島まで)」を歩いた。

     梅雨の間の中天の太陽はぎらぎらと照りつけて額を汗が流れる。ようやく辿りついた「西行もどり松」では、道標の裏側に回りこんで写真を撮る人、傍らの案内板のメモをとる人、そしてペットボトルのお茶を飲む人たちの姿がゆっくりと傾いてみえた。
     私は西行もどり松の濃い緑に少し安らいで、陽炎の立つ江の島道に目をもどした。そこに深編み笠をかぶり、長い竹杖を携えた乞食姿の老僧が歩み去るのをみたような気がした。
     
     この藤沢を西行が歩いたのはいつのことだったろうか。彼は生涯で2度奥州を訪れているという。1回目は1147年の晩春、30歳になった西行が平泉の藤原氏を訪ねて束稲山の桜を観たという。記録が残されていないので、これには諸説がある。もし、この時期に西行が陸奥の旅に出たとするならば、この年は頼朝の生まれた年ででもあった。

     2回目は「吾妻鏡」に記されているので、1186年(文治3年)8月15日と16日の両日、鎌倉で頼朝と「和歌の道と兵法」について語り合ったことは間違いないだろう。西行が奥州に旅した目的は、東大寺の勧請であった。だから道筋にあった鶴岡八幡宮には詣でたかも知れないが、わざわざ江の島の弁財天に寄ったとは考えられない。

     文献によると、西行や吉田兼好は、当時の鎌倉にはあまり興味がなかったとされている。そのような彼らであるから、通りすがりであった藤沢には足跡や記録が残されるということはほとんどなかった。
     それにもかかわらずわが街藤沢には、何種類もの「西行ばなし」が伝えられているのである。

     たまたま藤沢市の文書館でみつけた西行ばなしは、どれもが古いもので、どのように流布したものかもわからない。内容的にも、似たものもあり似ないものもあった。
     
     その幾つかを紹介すると、「お話し片瀬・江の島子ども風土記 ー西行法師もどり松ー」(清田義英監修)、「藤沢のむかし話 ー西行さんの話 その一 その二 その三ー」(丸山久子・中島恵子著)、同著者は、藤沢公民館でも手書きの「西行戻り松」を出版。また「片瀬・江の島ふるさとの歴史 -西行戻り松ー」(片瀬公民館編集)などの解説書もある。

     ここでは紙数の関係で、これらの昔話について記すことはできない。でもあの松尾芭蕉も慕っていた漂白の詩人西行の伝説や足跡(藤沢関係)が、やがて美しい絵本となって子どもたちにも読まれる日の来ることを期待しているのである。
     
     ところで藤沢駅の南に「砥上公園」がある。この辺りをかつて「砥上原」といったという。この地名から西行の「えは(芝松の)迷ふ葛の繁みに妻籠めて砥上原に牡鹿鳴くなり」を思い出した。
     この公園にも歌碑があるだろうと、あちこち探してみたがなかった。

     しばらくして「復刊藤沢の文化財」を開いてみると、西行の歌碑は辻堂の熊森神社境内にあると記してあった。
     少し恥ずかしく思いながら、改めて「西行物語」(作者不詳、1250年ころに成立、内容的にやや問題があるとされている)を読み直してみる。

     足柄から大庭・砥上原(藤沢)を経て大磯に向かうという「西行物語」の誤りの箇所を楽しみながら、三夕の歌「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」を声に出して詠じてみる。
     すると鴫立つ沢(大磯)の暮色の侘しさの中に、身を晒す西行の姿がみえたような気がした。

     それは「西行もどり松」の炎天下でみた「いずれとも知れず歩み去る乞食姿の西行」であったかも知れない。あるいは砥上原に立ち「鹿の声に耳を傾ける西行」であったかも知れない。
     不思議なことだが私たちは、時として歴史の中の事実よりも、事実を超えたところの伝説の夢世界にこそ真実をみることがある。
     
     あの「江の島道」で、陽炎にゆらいでいた老僧は確かに西行の後姿であったのだ。
     

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                          西行もどり松 (藤沢市片瀬) 
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                                  江の島道道標
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