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十一月大歌舞伎 夜の部

 
   十一月大歌舞伎 夜の部      
    令和元年11月22日(金)
                               
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  • ちかごろ足腰が弱ってきたので、新橋駅から歌舞伎座や新橋演舞場まで歩くことにしている。歩くということは流れゆく景色を見ているだけでなく、いろんなことを考えたり思い出すことのできる時間でもある。

    今夜の歌舞伎に誘った絵里子は、数十年前にぼくのクラスに在籍していた。当時は小田原から通学していたが、時たま「今日は買えましたよ」と小田原駅前にある守谷のアンパンの入った紙袋を突き出した。この餡子たっぷりのおいしいあんぱんと絵里子が顔が同時に浮かんできた。その彼女と数十年ぶりに再会した時には、その会わない間の大活躍ぶりは目を見張ったものがあった。現在はとある人材育成をサポートする研修機関の代表をしているという。なんでも今日は静岡での講演会を終えたとかで、守谷のアンパンでなくて、浜松の銘菓「うなぎパイ」をぶら下げてにっこり笑って待っていた。

    さて、今月の歌舞伎座の幕開けは「鬼一法眼三略巻・菊畑」であったが、劇中では虎蔵役の中村梅丸が、初代中村莟玉を名乗り披露する口上があった。

    つづく二幕目の歌舞伎座初披露だという幸四郎と染五郎の「連獅子」のキレキレの動きは観ていて気持ちのよいものだった。これが歌舞伎舞踊の言葉としてふさわしいかどうかは別として、観客は今夜の14歳の八代目市川染五郎の舞いに魅了されていた。

    三幕目は、池波正太郎作の「市松小僧の女」であった。この出し物は観たことがないと思っていたら、なんと42年ぶりの上演だという。いかにも池波正太郎らしい「人情の機微を描いてはいる」が、これが42年も上演されなかったことにもなにかわけでもあったのだろうか。

    終演後に絵里子が「今日の『連獅子』は素晴らしかったですね!」と言ったが、その声がなぜかかすれていた。じじいが「もしかしたら風邪か?」と問うと「今日の講演会で5時間も話しましたから」という。そこでじじいは「今夜は酒を飲まずに帰って、何度もうがいをして寝たほうがいいね」と手を振った。

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